地球環境塾

カテゴリ:合宿@東栄町( 7 )

合宿レポート

理学部  吉田健太

合宿中やその後に度々、農村と都会を対比していくなかで、「(生活の)豊かさ」とはなんなのかという話題が挙がった。
僕の考える「豊かさ」は、youtubeのキャッチフレーズではないが、「好きなことをして生きていく」ことだ。

都会で生きていくということは、多くの場合、会社で働いて、その給料で働いた分以上の体験を積み上げようということ。時には給料のためと割りきって耐え難きを耐えなければならないかもしれない。

その生活を批判するつもりはないし、おそらく僕の行く末もそうなることだろう。会社で働くことには、個人レベルでも、国家レベルでも大きな意味があるのだから。

自分の好きなことをすればいいと思うが、なにも都会だけにその機会が限定されているわけではない。選択肢の一つに「農村」があれば素敵だと思える合宿だった。
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by kan_zyuku | 2015-11-02 22:58 | 合宿@東栄町

合宿レポート




東栄町。



愛知県の東端に位置するこの町で、私が最も感じたのは一体何だっただろうか。それは、共同作業の楽しさであり、町を想う人々の熱い思いであり、都会とのあらゆる面における差異であり、『豊かさ』であったのだが、それらは私の一体何を変えたのだろうか。


合宿の反省の時、私は勿論他の方々も頻りに『豊かさ』という言葉を使い、自分の率直な気持ちを述べていたが、合宿の全ての行程を終え、東栄町をあとにした私は『豊かさ』という曖昧な言葉の輪郭を見失ってしまったような感覚に陥った。

豊かさとは何なのか?
私は自分が「これは豊かさってやつだ!」と思えるような事があるのなら、それが豊かさってやつなのだと思う。

東栄町は確かに豊かだった。また、名古屋も確かに豊かである。地球上には他にも色々な豊かさがあって、人々の心を、体を満たす。
しかし、それらは必ずしも同じものではなくて、そして、どれが良いとか悪いとかそういう類のものでもない。結局のところ、どんなものを求め、選ぶのかという話なわけで、その決定権は自分にある。

では、私が求める豊かさとは何なのか?
結論はまだ出ていない。だが、今回の合宿は少なからずその選択に影響を与えるような経験だったと思う。将来、東栄町で感じたような豊かさを選ばなかったとしても、この先何かに行き詰った時に、何かの手掛かりたりうるような経験だったと思う。そういう何かだったと思うのだ。


情文1年 尾崎早織

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by kan_zyuku | 2015-11-02 22:37 | 合宿@東栄町

合宿レポート

東栄町の合宿を終えて

一泊二日の合宿を終えて感じたことや考えたことを大きく二つに分けて述べていきます。


まず「村おこし」について

 今までの村おこしに対するイメージでは、とにかく現地の人が都市に出向いて地元の特産物や他にはない風俗を宣伝する、といったものでした。今回の合宿を通して考えてみると、村おこしの内容はイメージ通りでしたが、村おこしに取り組む主体がイメージとは違っていました。というのは、確かに「現地の人」が行っているのですが、みなさんいわゆる「Uターン・Iターン」をした方々であったということです。一度都市生活を経験して、それでもなお故郷の土地を守ろうと活動を立ち上げた方たちでした。あの方々の姿勢を見て僕は、都市生活を送りそこでの価値観を持つようになっても農村には守り続けるだけの価値があるのだと気づきました。またこれは高野先生のお話にあったのですが、「村おこしを成功させるには、その村でしか過ごしたことのない大人たちの意識が変わらなければいけない」といことで、これもまた初めて聞いた意見で驚きました。もちろん僕たち「都市」の人々ももっと農村の生活や風俗を知るべきですが、やはり受け入れる側が一丸となって積極的な宣伝をしていかなければならない、ということでしょうか。現地の方のお話で他の企業や事業と提携して村おこしをするプロジェクトもあると知り、その意味でも村おこしに対するイメージは大きく変わりました。


次に「ゆたかさ」について。

 他のメンバーの人たちからも「本当のゆたかさってなんだろう」とか「農村での生活のほうが、ある種ゆたかなんじゃないか」とか言われていましたが、僕は断然都市のほうがゆたかだと思います。都市はゆたかで便利だと思います。しかし、農村の生活にゆたかさがなくて不便だからといってずっとイライラして過ごしていたわけでもない。なぜでしょうか。もちろん「合宿」であったことも関係あるでしょうが、僕の考えとしては農村の生活には「限界がある」からだと思います。反対に都市の生活には「限界がない」のです。例えば、東栄町の一部ではインターネットがつながりませんでした(通信会社でも差があるようでしたが・・・)。そうするとスマホはほとんど使えない、スマホの使用に限界がくるわけです。一方、都市では確実につながります。そうすると次は「もっと早い回線を開発しよう」と、よりよいサービスを目指します。スマホの使用に限界はありません。しかし、少しでも都市で回線が乱れると大勢の人が迷惑するしイライラします。都市の生活はこのような事例がたくさんあります。「より効率的な○○○」、「より多くの×××」。ちょっとでも現状より非効率になったり供給量が減ったりするとみんなすぐイライラして、怒り出す人もいるでしょう。しかし農村には何にでも限りがあります。食料、物資、サービス・・・ その限界にいちいち腹をたてていたらきりがないのでそこはいい意味で「諦めて」生活していく。そうすれば、余計なイライラを感じることはなく自然な感情で生活を送れるのではないのでしょうか。
 『老子』のなかで「知足者富」(「足るを知る者は富む」)ということばがあります。現代の私たちに必要なこと、そして持続可能な社会を実現するためのカギは、まさにこのことばにあるのではないかと思います。

 今回一泊二日という短い期間でしたが、普段の大学の講義では決して学ぶことができなような学習をすることができました。合宿を通してお世話になったDanonや農家の方々、村おこしに取り組んでいる関係者のみなさま、地球環境塾のグループ、そして東栄町に、このような有意義な体験をさせていただいたこと心より御礼申し上げます。

                                   
                                  平成27年11月2日
                           名古屋大学 法学部 1年 南雲裕貴
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by kan_zyuku | 2015-11-02 02:02 | 合宿@東栄町

合宿レポート

合宿を終えて 
               工学部物理工学科一年 中嶋大志

 長いようで短かった東栄町への合宿を終えて一週間がたちます。
たったの二日間の日程でしたが、長く感じられたのはその分内容を充実させることができたからだなのでしょう。そんな合宿を通じて感じたこと、今振り返ってみて思うことをこのレポートに記したいと思います。

 合宿で最も感じたことといえばやはり、生きる上での豊かさ、というものです。以前までの自分がこの言葉を聞いてとっさに連想するものは、いかに楽にほしいものが手に入るか、いかに苦労をせずに物事を終わらせることができるか、ということだったと思います。しかし今回の合宿の中で、本来はそんなものなくても気づかなくてはいけないものなのかもしれませんが、それらは生きる豊かさには全くもって直結していないと感じるようになりました。そして新たに考えるようになったのが、安らぎがあり、苦労があり、それに伴う達成感があるような生活というものです。はじめにお邪魔した原さんのお宅でサツマイモ掘りの体験をさせていただきましたが、一発目を掘り終えたとき、大きなものを掘り終えたとき、全部掘り終わったとき、あの短い時間の中で何度も気持ちの良い達成感を味わうことができました。それは掘っているときの苦労があってこそのものだったのだと思います。
 原さんのような人たちは、種芋?をまいて、ある程度そだったら間引きして、適度に世話をしてやっとこさ大きくなった時に掘り始めるという、今回体験したこととは比にならないほどの苦労を経て芋を掘るので、その時の達成感はそれはそれは大きなものなんだろうなと思います。さらには、作業につかれたとき、お気に入りの場所だという山の木々に囲まれた場所にあるハンモックで休息をとるのは、素晴らしい爽快感と安らぎを与えることが容易に想像できます。原さんを見ていると、本当の意味での豊かに生きるというのはこのことなのかなぁ、と感じることができました。

 また、自分は田舎と貧しさ、都会と豊かさというのを無意識のうちに混合していたようにも感じられます。確かに都会には様々なものがあり、多くの人であふれています。ただし、それはあくまでそこにあるだけで、むしろとれたての食べ物を食べることができ、隣人との深い関係を築けるという点では田舎のほうが贅沢だということもできます。もちろん都会のほうが良いところも多々あるでしょうが、一概に都会賛美をするのは愚かしいことだった気もします。
 いままで自分で考えもせずに、自分以外の人の考え方による情報を鵜呑みにしていたのかもしれないと、三崎さんのおっしゃった「本当に都会が便利なのか」という言葉にハッと気づかされました。

 この基礎セミナーのテーマでもある。持続可能性について少しだけ述べさせていただきます。
 エネルギー環境的な地球の持続とは大きく離れてしまうのですが、社会の持続について、大切なのは内部の人の努力なのだなと感じられました。伊藤さん三崎さん大脇さんをはじめとするNPO法人てほへの東栄町を知ってもらおう、人を呼び込もうという熱心な活動によって東栄町は持続しており、もし仮にそれがなければすでに限界集落に、あるいは廃れているかも知れない。そのようなことを考えると、村の存続は外部ではなく内部、特に住民の動き、そして行政との連携が必要なのだと思いました。
 そして以上のようなことを基礎セミナーのテーマ「持続可能な暮らし」に当てはめると、社会環境の存続にはその社会内部の人たちの働きかけ、連携努力が必須であり、スケールを大きくすると、地球の持続には各国政府だけでなく、地球の住民である私たちも率先して地球を守るべく働きかけることが重要であるというように感じられました。今後自分はセミナー内で再生可能エネルギーである太陽エネルギーを利用した発電に関する発表をするつもりですが、地球の住民としての意識を持って、より真摯に取り組もうと思っています。

 最後に、原さん・伊藤さん・大脇さん・三崎さん・danonのお二人をはじめとする東栄町の皆さま・先生方、このような素晴らしい機会を提供していただき、本当にありがとうございました。
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by kan_zyuku | 2015-11-02 02:00 | 合宿@東栄町

合宿レポート

法学部1年の戸田顕光です。今回の合宿について書きます。

今回の合宿先である、愛知県北設楽郡東栄町について。まず思ったのは、「愛知県にもこんな場所があるのか」ということでした。自分は名古屋に住んでいるので、東栄町と聞いて、名古屋より東にあるのだろうという見当はついていましたが、まさか東端だとは思いませんでした。こうした合宿という機会がなければ、たぶん一生知ることはなかったと思います。また、町域の91%が山林・原野ということで、見渡すと山ばかり。そして多量の杉の木。花粉症持ちの自分にとっては、春になるとつらい場所になるのでしょう。

この山々に生えている杉たちは、戦後・また高度経済成長期にほとんど伐採され、はげ山となった後に植えられたものだそうです。当時、林業は非常に栄えていたそうですが、今となっては、担い手不足によって整備が行き届かず、荒れているそうです。

外国産の安い木材によって、日本産の木材の需要が減っている。また、木材の価格が安いので、儲からない。今、大学で勉強している身である自分も、将来林業に就くことはほぼないでしょう。林業がやりたかったら、高卒、中卒の時点でできるはずであり、大学卒業後にやるにしても、金を稼ぎ、飯が食えないのならどうしようもない。完全な自給自足、つまり、自分で食料を生産し、衣服・住居を用意し生活するのは難しい。「自分のことは自分でやる。」それはつまり、例えば自分が病気になったとき、誰にも頼らず治す、ということなのでしょうか。ならばなぜ病院が存在し、お金を対価に病気を治すという仕組みが存在するのでしょうか。

自給自足を考えるうえで必要なことは、「少しはお金を稼ぐ必要がある」ということだと思います。人に物を売る。人から物を買う。物々交換の文化から貨幣文化が生まれ、それがさらに発展し、また食料事情が変化してきたからこそ人は自分で食料を生産しなくてもお金さえあればなんとかなるようになりました。お金を稼ぐのに都合がいい場所が都市、つまり人がたくさんいるところであり、田舎における過疎が進んだ原因の1つは、都市に行ったほうが稼ぎの機会が多いからです。ここで自分が言いたいことは都市・田舎問題ではなく、「人は他者との契約・協力といったなんらかの関係がないと生きていけない、そういう社会に身を置いている」ということです。

合宿に行った我々が農作業を体験し、おいしいご飯を食べられたのも、東栄町の方たちからお話を聞けたのも、すべて善意、さらには向こうにとって利益があったからだと思います。合宿中での様々な体験を通して東栄町について知ってもらう。これは、例えば東栄町に魅力を感じた我々がそこに住むようになる、といった将来に向けた、ある意味での投資なのかもしれません。我々が合宿費を支払う代わりに、東栄町に行き、様々な体験をさせてもらう。これは契約という関係です。農作業を効率よく進めること、また食事の用意を手伝うことにおいては、みんなで協力しました。これらすべては他者が存在してこそできたことです。自給自足生活を送るためにも、他者と関わり、お金を稼ぎ、協力していくことは必要なのです。自給自足の意味、そして他者との関わりについて考えるきっかけとなった合宿でした。最後に、貴重な体験をさせていただいた東栄町の皆さま、ありがとうございました。
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by kan_zyuku | 2015-11-01 16:13 | 合宿@東栄町

合宿レポート

 工学部物理工学科1年の蜂谷涼太です。
今回の東栄町での合宿についてのレポートを書かせていただきます。

 みなさん2日間の合宿お疲れさまでした。僕にとって普段住んでいる世界とは別の世界に行ったような合宿でした。原さんのお宅では携帯の電波も届かず野生動物の痕跡があり普段生活している名古屋とは本当に別の世界に感じられました。またとてもたくさんのことを学び、考えさせられました。  
 まず皆さんもおっしゃっていましたが、豊かさとは何かについてとても考えさせられました。原さんのお宅でハンモック揺られ鬼饅頭を食べながらこれもまた一つの豊かさなのだろうと思いました。普段の車が行き交い、公共交通機関が発達し、なんでもあるといえる名古屋での暮らしとの真逆にある豊かさだと思いました。ただやはり人が少ないことには寂しさを感じました。田舎であれ、都会であれ人々の声という豊かさは共通したものだと感じられました。

 また先日の講義でも話したように自分の人生についても深く考えさせられました。東栄町ではUターンやIターンしてきた人がたくさんいるということで自分の人生にもそういった選択肢があるのだと気づかされました。三崎さんなどお話を聞かせてもらった方々はみなさんいろいろな人生を歩んできて結局とても楽しそうに生きていていろいろな人生があるのを考えさせられました。
 
 基礎セミナーのテーマである持続可能な環境についても考えました。僕は豊かな暮らしと便利な暮らしは異なるものだと思います。確かに原さんのお宅での暮らしは豊かな生活の一つだと思います、しかし僕にとってはdanonでの生活が理想とする田舎暮らしに感じられました。やはり自分がインターネット環境に依存していると思いましたが、僕にとっての豊かさには情報は欠かせないものだと思います。もし僕が田舎で暮らすとするならば太陽光発電や水力発電などのエネルギー供給源を導入しつつ、便利で豊かな生活をしたいと思いました。そもそも持続していくというのは我慢することとは違うと思います。便利さと自然環境への配慮に折り合いをつけて生きていくことだと思います。そういった面で改めて再生可能エネルギーの可能性を感じました。

 最後に今回の合宿は基礎セミナーの皆さんと親交を深めることもでき、食べ物もどれもおいしくとても楽しかったです。今回の合宿に協力してくれた皆さんに本当に感謝しています。ありがとうございました。
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by kan_zyuku | 2015-10-31 12:47 | 合宿@東栄町

合宿レポート

 2日間の合宿、お疲れ様でした。
 いつもは授業を(半ば夢の世界に入りながら)受けているうちに、なんとなく過ぎていっていた1日が、不思議に長く感じて、子供のころに戻ったような感覚です。
 今回行った場所は愛知県東部、東栄町。車から降りると、澄んだ空気が服を通り抜け、「田舎に来たなあ」と一気に実感しました。

 原さんのお宅でごちそうしていただいたものは何を食べてもおいしく、懐かしい故郷の味でした。(特に鳥の塩麹煮、もう一度食べたいです笑)特に驚いたのは、これらがほとんど家で取れた食材からできているということ。野菜だけでなく、鶏肉やみそまで自給自足で賄っていらっしゃいました。Danonでいただいたものも、ほとんど町内でとれた食材からできていました。

 取れたての野菜はおいしいなあ、と思うかたわら、何回か前の授業で教わった「食料の輸入が完全に止まったら」という話を思い出しました。今の食料自給率のままでは、日本人はサツマイモやジャガイモなどしか食べていくことができない。しかし原さんのように、自給自足のサイクルを確立している人は、そんな状況とは関係なく、おいしいものを食べ続けていけるだろうと思います。「農業は(第二次、第三次産業と比べて収入などが)安定しない」としばしば語られるし、今の世の中で生きるには、お金をためるために普通に働く生き方が「安定」なのでしょう。でも、広い目で見た場合、本当に安定しているのはどっちなんだろう、と思います。

 他にも芋ほりや花の植え替えなどの農業体験、Uターン・Iターンの方々とのお話、花祭りのお話など、貴重で実の詰まった体験をさせていただくことができました。あたたかく迎えてくださった地元の方々や、この機会を提供してくださった先生方に感謝したいです。
 おいしい空気、川のせせらぎの音、満天の星空、ふかふかの土のやわらかさ、取れてたての野菜の甘さ。これだけ体全体を働かせて楽しむ感覚は新鮮であり、またどこか懐かしい感じもしました。大学を卒業したら、割と本気で田舎暮らしがしたいなあと考え始めました笑
 
 全体を通して思ったことを書きとめておきます。
・「都会は便利で田舎は不便?」
 お話の中で三崎さんは以下のようにおっしゃいました。「都会は実は効率が悪いんじゃないか。自分の思ったように生きるのならば、田舎のほうがずっと都合がよい。都会が便利だという考えを、我々はいつの間にか刷り込まれているんじゃないか」目からウロコが落ちた気分でした。
そもそも都会は、「便利さ」を突き詰めた発展の上に形成されてきました。買いたいものがすぐ買えるし、公共交通機関でどこへでもいける、娯楽が充実している、といったことを考えてみると、「都会は便利」という考えはもっともなように思えます。
 しかし、都会の用意する便利さは、レールに敷かれた便利さです。「一般的なこと」はできるけれど、駆け回ったり、車を止めたり、ものを売ったりすることは「許可」がないとできません。柔軟性にとんだ生き方をしたいのならば、田舎のほうがずっと便利です。
 結局「どちらが便利か」というのは個人のライフスタイルの好みによるものであり、一概に決められないことです。だからこそ、「都会は便利、田舎は不便」という前提が一切の懐疑なく受けいれられている状況には疑問を持つべきだと思います。

・東栄町の森林問題
 一見豊かな森林を持つ東栄町でしたが、全国の山間地域の多くと同様に、森林の荒廃に悩まされていました。東栄町は杉の木が非常に多く、また十分に間伐されていない状態で、土砂崩れなどが起こりやすい環境になっているそうです。国内産の木材が利用できるような流通ルートの作成に取り組んでいかなければ、森林の荒廃は免れえないと思いました。

・役場と民間のバランス
 もともと昭和ぐらいの時代までは、街はそこに住む住人が管理するのが当たり前でした。高度経済成長期に日本は「行政主導の地域づくり」がなされ、住民自治のシステムは崩れてしまいました。そして多くの人は今も行政の主導を望んでおり、行政の役目はますます肥大化するばかりです。しかし、今起こっている様々な問題に対しては、行政だけでは対応することができません。住民の力を生かせるようなシステムが必要だと感じました。
 東栄町は花祭りをはじめ、町おこしが自分たちの手で行われており、これからの地域づくりの先進事例でないかと思います。

 私が住む町は東栄町ほど奥地ではないのにもかかわらず、人口の過疎化が激しい街です。自分の町との差はどうして生まれているのか、今後も考えていきたいと思います。



 法学部 真野朱音
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by kan_zyuku | 2015-10-28 21:24 | 合宿@東栄町

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