地球環境塾

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だいず先生へ

ぱずうです。

まだ原付きが直らなくて、仕方なく部屋の整理をしていたら前期に送られてきた藍の種を見つけました。

四月にこっちで種をまいて、五月くらいに豊根に持って行けばちょうどいいくらいですけど・・・

もし来年度の授業で使えそうならもって行きますが・・・
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by kan_zyuku | 2006-02-18 16:45

最終レポート 権田

果たして今日中に書き終えれるんでしょうか・・・
ただいま11時ちょい前です

豊根村へは残念ながら一度しか赴くことはできませんでしたが、
都会の生活に慣れ始めていた私にとって、
貴重な体験であったことは言うまでもありません
持続可能な社会についての知恵というのは、
私の推測に過ぎませんが、
残念ながら人類が持続不可能な状況に直面したときに
初めて役に立つのかもしれません。
なぜなら、おそらく人類は、自らの利便を追及することをやめないでしょう。
それが何を意味するかは、このセミナーでわかった通り、
人類の持続不可能を意味します。
考えてみれば、我々の日常、殊に日本という国は
持続不可能の塊みたいな国です。
しかし、恐ろしいことに我々はこの国で
一見して平穏な暮らしを得ています。
それは、持続不可能な平穏でありますから、
何かを犠牲にした平穏でありましょう。
犠牲になっているものは何も外国その他の地域だけではありません。
国内の資源、資産、その他多くのものをも犠牲にして
今の生活が成り立っています。
強いて言えば豊根村も犠牲者なのかもしれません
過疎化した日本の村落の歩む道はそれほど明るいものではないでしょう。
しかし、そこで生きる人々のエネルギーを私は実感しました。
その村の人々は、代々伝わる踊りを忠実に、
そして、勇んで勤めておられました。
本来、人間が感ずるであろう自然に対する畏怖と敬いを
その村人は今でも忘れずに、いや忘れるどころか
堂々と表現しておりました。
本来人間が感じるであろう自然に対する感情、
私は豊根の山一面に広がる木々を
山の上から目にしたとき感じることができました。
現代は様々な環境問題が山積し、
やっと人類が持続不可能性に気付き始めた段階ではないでしょうか
現代資本主義の敵は社会主義でも共産主義でもなく
資本主義が内包する、持続不可能という敵でした。
豊根村の森林を見れば、人間のちっぽけさが身に染みて伝わります。
しかし、その森林を植樹した人間の偉大さにも同時に直面するのです。
人間は自己が地球に影響を与えるということを認識しなければなりません。
そして、行動でせねばなりません。

食という身近な問題にしても、
都市でくらす我々は、めったにその生産の現場を目にすることはありません
ビールにしたって、実際、麦畑をみたことがあり、麦に手を触れたことがある人が
どれ程いるでしょうか。
そういう実体験のなさが、そのまま持続不可能に結びついている気がしてなりません。
バーチャル世界化しているのでしょうか。
豊根村で食べた野菜、蕎麦、鍋、
すべてがリアルで、食べれる有難さ、おいしさ、
野菜が野菜ではなっかった。
そう感じてしまうこと自体、私がバーチャルな存在ということでしょうか。

まずは、バーチャルな存在から抜け出すこと
それを今後の地理学で達成してみたい。
色々な場所に赴き、実体験を積み重ねたい、
そう思わせてくれるところが、このセミナーの魔力だと思う。

半年間でしたが、ありがとうございました。
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by kan_zyuku | 2006-02-16 23:36

基セミレポート


現代の社会のどこに持続不可能性があるか。
法学部一年
高田裕子
 
 やはり現代社会が資本主義を基本として動いていることに持続不可能性があるのではないかと思います。資本主義は競争を生み出します。そのため、新技術が次々と生まれ、人間の生活は豊かになります。仕事が楽になるかと思いきや、競争に勝つため、余裕ができた分の仕事量も増えるという悪循環が生まれている気がします。また、最後の授業で話し合ったところ、社会の高度化が原因であるという意見がありました。現代人は多忙な社会によって、ファーストフードなどの合理的な食事を選択することを余儀なくされています。ちゃんとした食事を摂らなければならないという意識はあっても、現代社会、特に都市では実行できない環境になっているのだと思います。また日本社会だけでなく、いまや世界的にも資本主義が基盤となっています。日本社会だけで解決できるものではないという点が、この問題の最大の難点だと思います。日本一国の問題であれば、環境問題に関心のある人が増えてきている現代ですから、少しでも改善する余地はあると思います。もちろん、日本の国土では日本の人口を養うだけの食料がないことは問題になりますが、それでも競争は緩和されていくのではないでしょうか。競争がないことはそれだけで人間の生活に余裕が出て、物質的ではなく、精神的に豊かな生活が送れるようになると思います。現代の社会は、必要の前に発明が先走っているという側面が一部で見られます。無くても十分生活できたものでも、一度商品化されて市場に出回ると、無くてはならないものなって行きます。個人的に、携帯電話が良い例だと思います。電話とカメラ、テレビ、音楽の機能が一緒になった現代の携帯電話は、忙しい現代人の荷物を軽量化し、人間を動きやすくしました。今では携帯なしでは学校へ行くのも不安です。
 このように、流行の入れ替わりや競争が得に激しいのは、当たり前のようですが都市部の方です。都市部は様々なものが集約された場所ですから、人も各地から集まってきます。さらに、都市部では家族と離れて暮らす人が多くいるため、一人で都会にいるという精神的な不安から自分を守るために購買欲を増すなんてこともあると思います。人が持っている物と自分が持っている物に差をつける、または合わせることで、他人から認められるような社会が都会には存在すると思います。物を購入するにはお金が必要で、お金を稼ぐためには忙しく働かなければならないし、節約をするために安いファーストフードを食べたり、安い外国産の食材を選んでしまうと思います。やはりここにも都会の悪循環があると言えるのではないでしょうか。
 そして最後に、豊根合宿で学んだことですが、豊根に住んでいる人の方が緑に囲と接している分、自然の大切さや偉大さを理解しているのではないかと思います。反対に都会では、緑に接するよりも資本主義競争社会に接する時間の方が長いです。そんな社会では自然よりも人間が優先されてしまいがちです。都市の生活から離れて、豊根での合宿やスタディーツアーなどを行うことは意味を持つものになるのだと思います。
 これからも資本主義を基盤とする社会は継続していくと思うけれど、その中でも現在は環境を考慮した方が市民の理解を得やすい雰囲気なっている。このままこの潮流が続き、環境が世間一般に見直されるようになることが望まれます。
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by kan_zyuku | 2006-02-16 23:03

最終レポート byハカセ

 さっきバイトから帰ってきたばかりでかなり焦っているハカセです。ものすごくギリギリになってしまい申し訳ないです。
 
 持続不可能性は思ったよりも身近で至る所にあることに、半年間の授業を通して気づきました。化石燃料を含めたエネルギー、水、食料などこれらの持続不可能性は現在の人間の生活、そして人間自体の持続不可能性を示しているように思われます。そしてその持続不可能性は、人間だけではなく地球そのものの持続でさえも脅かしています。しかし、未来を無視した技術開発、計画性の無いエネルギーの過剰使用、そして必要の無い飽食などに見られるように、この持続不可能性を呼び寄せてしまったのもまた人間です。ですから、この問題を解決し、地球の未来を創ってゆくのも人間がしなければならないことです。地球にとって私たち人間が滅びることはどうってことはありません。しかし、人間にとって地球が滅びることはすなわち、人類の滅亡、そして地球上の全てのものの終焉を指します。私たち人間の我侭で全ての未来を潰すわけにはいきません。

 では、持続不可能を持続可能にするには何ができるのでしょう。エネルギーの節約、二酸化炭素排出量の削減などいろいろなことを、いろいろな機関が昨今盛んに叫んでいますが、これらは本当に持続可能性に繋がるのでしょうか。はっきり言ってこれらのことをしたところで、問題の先送りにしかならないと思います。エネルギーの節約は結局、今あるエネルギーをどこまで長持ちさせるかだけで、無くなった先が見えません。また、二酸化炭素の排出量を削減したところで、二酸化炭素を排出していることには変わりありません。つまり、表面だけの解決では、持続不可能性を孕んだ見掛け倒しの持続可能性にしかならないのではないでしょうか。
 
 本当に今必要なことは根本的な問題の解決と、それに伴った持続可能性だと考えます。そのために一番必要なことは理解と協力だと思います。まず、持続不可能性とは何か、どんなところにあるのか、何が原因なのか、などを本当の意味で理解して問題の核心を捉え、その上で根本的な解決策を考え、それを協力して実行してゆく。協力は何も国家間だけではなく、団体、そして個人の間でもいい、とにかく問題を解決しようという同じ意志をもつものが手を取り合うことが大切です。三本の矢ではありませんが、個々の力は弱くとも、それが結束すれば大きな力となります。その大きな力が問題解決には必要だと思うのです。最近はパソコンの普及などで人と人との触れ合いが減っているといいます。しかし、それはただの怠慢です。一歩自分という殻から踏み出してみれば、そこには沢山の人がいます。その中で協力していくことはそんなに難しいことではないのではないでしょうか。

 セミナーを受けたり、豊根村に行ったりしてみて、自分は環境問題のことを誤解していたことを痛感しました。問題は解決するだけでは駄目で、その先を、つまり未来を考えなければいけないことに気がつきました。もし、このセミナーを受講していなかったら、中途半端な環境問題への意識を持ち続けていたかも知れません。本当に気づくことができてよかったです。

 最後に、半年という短い間でしたが最高に楽しかったです! 来年もこのセミナーを盛り上げることに一役買っていきたいと思いますので、これからもよろしくおねがいします! ハカセでした~♪
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by kan_zyuku | 2006-02-16 21:26

最終レポート

みんなのレポートに感心しているばんばんです。
期限ギリギリになってしまいすいません。

現代人が、今の生活をずっと続けていくことはできない。それを検討するためのキーワードは『持続可能性』であるが、この言葉を定義することは難しい。例えば、林業によって裸にされた森を植林によってよみがえらせたことは持続可能といえるのか、という疑問が出てくる。スギ人工林は人間にとっては都合がよいかもしれないが、自然にとってどうかわからない。
『持続可能性』について、世界規模で見てみると、水や石油などの資源の問題がある。特に、現在の主要な燃料である石油が枯渇してしまうことは確実である。この点で、ほとんどの産業は持続不可能であるといえる。一方、日本規模で見てみると、日本は資源の乏しい国であり、そのほとんどを輸入に頼っている。また、農業や林業といった産業が衰えつつあり、この分野においても輸入に頼っている。国際情勢の悪化や、日本の国際経済力が低下してしまったとき、日本は大変困った状況に陥る。この点で、日本国内の産業も持続可能であるということは難しい。
しかしながら、このような持続可能性について考えていても、自分のすぐ目の前で起こっていることではないのでなかなか実感がわかず、それほど危機感も感じない。また、モノに囲まれて育ってきた私にとって、ある日突然、モノがなくなるということは想像できない。したがって、より身近な持続不可能性について考えてみる。最近、私が特に気になっているのは、後継者不足によって失われそうになっている産業や技術、知恵である。極端な例を挙げると、インカ帝国の石垣を造る技術やストラディバリウスのように素晴らしいバイオリンを作る技術は、今となっては誰も分からない。今の日本では、農業、林業、伝統工芸やおばあちゃんの知恵袋といったモノが消えつつあるように思われる。このように本には書くことができない職人の技や慣習的に代々伝えられてきたモノを受け継ぐことが、持続可能な社会といえるのではないかと思う。利益優先の経済において、このようなモノが生き残っていくことはとても難しい。しかし、私は豊根村で小さな発見をした。花祭りの踊りは決して本には書いていない。踊りを受け継ぐ人々の繋がりが、花祭りを成り立たせている。また、豊根村の山を地元のおじさんたちの案内で歩いたとき、私には見えていない物がおじさんたちには見えていた。イタドリ、湿布のにおいがする木の皮、爪楊枝に使われる木など、実際に何度も山で遊ばなければ分からないモノをたくさん見せて、教えてくれた。人の繋がりと自分たちの伝統を守っていくのだという意識が伝わってきた気がする。
 失われつつあるモノを政府などが守っていく施策を行う必要はある。その上で、専門家だけが抱えている情報を、正確にもっと一般向けに伝えていくことが大切ではないかと思う。私がこのセミナーを受講することで持続可能性という言葉を知り、また、豊根村を訪れていろいろなことを実体験として学ぶことができた。そして、少しずつ持続可能性について考えるようになった。こんな風に一人一人がほんの少しでも考え始めれば、何かが変わるかもしれないと思う。
 あまりまとまっていなくてよくわからなくなってしまいましたが、最終レポートを終わりたいと思います。
1年間ありがとうございました☆
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by kan_zyuku | 2006-02-16 17:58

最終レポート

 結局期限ぎりぎりになって焦ったコミーです。

 最後の授業の時、みんなで「どうしたら持続可能になるか」ということについて考えたけれど、様々な利害関係が複雑に絡み合っていて、持続可能社会の難しさを思い知らされるばかりでした。
 食料について考えた場合、もし日本の持続可能性のみを考えるのならば、国内の農業を促進させ、徐々に輸入を減らしてゆけば、自給率は上がり、持続可能性は高まるでしょう。しかし世界的に考えると、日本が食糧輸入をやめることによって、米国との貿易摩擦は増大し、日本向けの輸出食品の生産を職としているモノカルチャーの発展途上国の人々などは不利益を被ることになります。当然これらの関係を無視することはできません。そのため持続可能社会を築く第一歩というか準備段階として、国際関係を強固で、安定したものにする必要があると思います。特に発展途上国の開発援助をし、特定の産物の輸出に頼ることをなくさなければならないと思います。
 でもこれは政治的なことで、私たち一国民がどうこうできる問題ではありません。私たちにできることは、今の生活を持続可能な生活へと変えていくことです。まずは先進国における大量生産・大量消費をやめなければならないと思います。先生が、大量生産・大量消費ではない生活は、ものが高くなることだと言われました。ものが安い生活に慣れきった私たちは、ものが高くなれば少々大変な思いをするかもしれませんが、それも慣れだと思います。ものが安い社会が当然になったように、時間が経てばものが高い社会もまた当然になると思います。
 それから食に関して言えば、スローフードを促進するということを、今までの発表を通して強く思います。忙しく動き回る日本人にとってはかなり困難なことですが、最近の健康ブームを利用して上手く広められるような気もします。ただそれを単なる流行りに終わらせないことが肝心です。これからずっと続けていくためには、一人ひとりの持続可能性への意識が必要となってくるでしょう。
 これに関連して、豊根村はぱっと見た感じでは、スローフードを続けているように思いました。大体どの家にも畑があり、自分たちが食べるだけの野菜や米は十分にあるような感じでした。そして私たちが合宿でやってきたこともスローフードと言えるでしょう。自分たちで育てた野菜を自分たちで調理して食べる。とても楽しく、幸せなことです。しかし、この生活を国民すべてができるかというとかなり困難なことです。特に都市部では畑なんてできないでしょう。でも自分で調理して食べることに関しては、やろうと思えば誰でもできます。誰もがやろうと思える、ゆとりある社会にする必要もありますが。
 以上、私なりに持続可能性について考えてみました。どれも未熟な考えですが、この基セミをとっていなければ、一生考えることなく終わっていたことかもしれません。そんな風に、何も考えずに生きている人々が日本を含め世界にはたくさんいるのでしょう。しかし、これは世界中のすべての人々が考えるべき問題です。まずはこの問題を広めなければならないと思います。

一年間ありがとうございました!!
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by kan_zyuku | 2006-02-16 12:26

久しぶりの書き込みです☆

原付が壊れて釣りに行けないので昼間はごろごろして、眠くないので深夜トリノオリンピックを見て寝れなくなったぱずうです。

後期はあまり行けず、存在感もなくなってしまいましたが、せっかくお世話になったので最後の締めくくりとして書いてみたいと思います。

僕はこの一年でこの授業が一番楽しかったです。それはただ先生の話を聞くだけでなく、自分で調べたり、実際の現場を見ることができ、そして何よりもたくさんの仲間と出会うことができたからだと思います。そして自分なりに何かこれからにつながる手がかりみたいなものを得ることができたように思います。

今までの自分は机上で考えるタイプでした。でも豊根村に行って実際肌で感じてみて、もっといろいろなものを自分の目で見てみたいと思うようになりました。それから、産業技術記念館や花火に行ったり、またはいろいろなところに釣りに行ったり、自分なりに行動してみました。そんな中で感じたのは、川のほとりでくつろいだり、海を眺めたり、森の中を散歩したりと、自然を味わうことはなんて気持ちいいんだろうということです。それは当たり前でもあるけど、自分の目で見てその当たり前のことに気づかされました。自然が豊かということは、自分達自身を守ることだと思います。自然あってこその人間だし社会です。そのことを常に考えて行動すること、自然に身をおいて気持ちいいと感じることが持続可能にもつながってくると思います。自然保護というより、自然に逆らわない生き方を目指すことが大事ではないでしょうか。制度や先端技術以前に、無理のない暮らしを目指すのがいいと思います。ただ言ってる本人もよくわかっていません。自分でもまだうまくまとめきれてません。

こんなことを考えられるようになったのも、実際自分の足を動かしたからだと思います。でもまだまだやりたいこと、知らないことはあります。だからこれからも行動していきたいです。来年もできる限り参加したいなと思っています。

最後になりましたが、先生や先輩にはいろいろとお世話になり、迷惑もかけました。ありがとうございました。そして、環境塾のみんなと出会えて本当によかったです。ありがとう☆これからもみんなで仲良くしていきましょう。
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by kan_zyuku | 2006-02-16 06:40

最終れぽ by ちやちや

僕は前期も後期もとったので一年間環境塾にいたことになります。その間に自分で調べたり、みんなの発表しているうちに身の回りのものほとんどが海外と関係をもっていて、衣食住全般で特定の分野を除いて日本の自給率はすごく低いということを知りました。今の日本の生活が豊かだといえるのなら、この日本の豊かさはそうした海外依存のものであり、しかも海外の資源を食い尽くしながら手に入れているものだということです。そしてそこから私たちの暮らしの持続不可能性が生じている。そこで、持続不可能性を解決するにはどうしたらよいか考えてみました。
 昔の日本のように一つの地域で資源が循環する社会体制ができあがれば良いのではないでしょうか。そうすれば、海外依存はなくなり、日本にある資源で持続可能性が追求できると思います。しかし、これは生活の質の低下を招きます。もし現在の生活の質を維持しようとするなら、日本の資源の海外依存体制は、日本に不可欠なものとなっています。これを取り除くということは、国内ですべての資源を供給するということになるけどもそんな資源は日本にないので、それは日本の経済、人々のくらしの水準の低下を意味するからです。きっとほとんどの人が現在の生活の質を下げてまで、後の世代のために持続可能性を追求しようとは思わないだろうと思います。だから、生活の質を維持するためこの海外依存体制をある程度維持しながら持続可能性を追求しなくてはいけません。そこで今の海外依存体制の中身を改善する必要があります。今一国で持続可能性を考えるのは無理です、ならば貿易国双方の間で持続可能性を追求すればいいのではないでしょうか。それを広げて世界全体もしくは、東南アジアとかヨーロッパとかの広い地域内での資源循環を考えればいいのではないでしょうか。
 また、資源を無駄遣いしないという意識も人々に必要だと思います。しかし、「もったいない」を意識するのは難しいです。どうしても利便性が先に行ってしまうからです。ここで必要になるのが想像力だと思います。たとえば、合成洗剤を排水溝に流した場合、その行為のもたらす結果を考えることです。洗剤は下水から川に行きやがて海にでて生物を殺したり、赤潮を発生させたりといった被害をするとこを具体的に想像してみると、あまり捨てようという気にはなりません。そして、違う無害な洗剤使ったり、使用量を減らしたりするはずです。想像することで「もったいない」という意識のほかに、自分の行動に「責任感」というか「罪悪感」みたいなものが出てくれば、資源の無駄遣いはもう少し減らせるのではないでしょうか。
 ほかにも持続可能性のために必要なことはたくさんあると思います。そのなかのどれが一番大事ということは決められないものであり、どれも必要なことだと思います。それらを同時並行で進めていかなくてはいけないと思います。というか、進めなくてはもう間に合わないとこまで来ているのかもしれません。しかし、私たち自身にそうした実感が非常にわきにくい現在の状況では、難しいような気もします。僕自身も一年間勉強して実感はつよくなりましたが、はっきりとは実感できていません、きっとどれも数字の上の話であったり、本の中の出来事のような気がしてしまっていて、いまの物質的に満たされている日常で実感する機会はほとんど無いからだと思います。このままだと、みんなが持続可能性の必要に気づいたときには、もう不可能性の弊害が生活の奥深くにまで入り込んでしまっていて、手遅れの状態になる可能性が高いような気がします。そこに不安を感じています。
 一年間ありがとうございました(_ _) でら楽しくてためになりました。
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by kan_zyuku | 2006-02-15 18:45

最終レポート

 持続不可能性からは外れてしまうのですが。
 私は国連で提唱された“持続可能な開発”なんて在り得ないと思っていました。
“持続=そのまま続けていけること“。でも開発を行う限り、井戸や農耕地は生まれるかもしれないけれど、森林や生態系は失われていくはずです。動植物の生命の持続が不可能じゃないの?と。そして石油の採掘も持続は不可能です。
 だからと言って、限りがある石油を守ろうと今日から車に一切乗らず、ビニールや包み紙を浪費する飲み物など、食品や雑貨を購入しない生活に変えるなんて無理です。生きていく以上絶えず消費は続けていくだろうし、それに伴う資源の消費、廃棄物の排出は避けられません。
使わなければならない以上、持続するためには資源が循環する社会が望ましいと先生は言われました。ところが、私にはたかが日本のたかが一市民に何ができるの?としか感じられませんでした。でも、豊根村で植林された杉や檜、ペレットストーブを目の当たりにして少し意識が変わりました。
 絶えず使い続けられなくても例えば100年後に資源が再び利用できればそれは持続なのですよね?ただ、再び利用するには現在の使い方を再考しなければなりません。具体的にはエコ商品を選ぶ、くらいしかわからないのですが。循環型社会を実現するには一人一人が未来を見据えて、消費に責任を持って生活する契機となるリアルな体験や情報の獲得が必要なのではないでしょうか。
 セミナーや合宿を通して無知であった自分に考えるきっかけをくれた地球環境塾に感謝します。ありがとうございました。
 
                                 ぷぅ子でした。
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by kan_zyuku | 2006-02-15 00:46

最終レポート

最初は5人いたはずなのに、あらよあらよと言う間に事実上私だけになってしまい、班の存続
さえ危ぶまれるほどになってしまった森林班のMaSHです。

後期の私の発表と言うのは日本限定で「里山」「保安林」といった、メインテーマである「自給率」からかけ離れたものになり、木材の利用はおろか、海外のことに目を向けることさえできませんでした。そんな片寄った内容ではありますが、後期の授業を通して考えたことを書こうと思います。

森林について(日本国内において)持続不可能だと思うことは、利用すべき森林と保護すべき
森林がちぐはぐで中途半端になっていることである。
 かつての日本では、地域住民は近くの森の木をどんどん伐採しては使ってきた。その結果、一部の地域では「はげ山」となってしまった。すると、水害が発生したりする。で、「このままではダメだ」と考えたら再び植林に励む。そしてまた使う。時々使いすぎる。これの繰り返し。
完璧な持続可能性を言うなら、伐り過ぎないように植林と伐採を同時進行でするべきだろうが、この場合でも何とか「持続可能」であると言えよう。
決して森林面積が大きかったわけではない。しかし、その森林と言うのはほぼいつでも利用できる状態であり、裸地でも必要なときが来たら、すぐにでも植林できる人手もあった。
一方で、限られた区域ながら原生林保護区域というのも存在し、そこでルールに反して伐採しようものなら、場合によっては島流しといった厳しい罰が下されるものであった。
このように「利用すべき森林」と「守るべき森林」のけじめがついていたと考えられる。
もっとも、ごく一部の後者とそれ以外の前者と言うのが正しいだろうが。

 現在はどうであろうか。意外にも日本では森林面積は江戸~明治の頃よりむしろ増加していると言われている。しかし、その質はどうであろうか。利用するための人手はあるか。
この二つの質問に対して、答えは残念ながらノー、これが現実である。

○人手不足→整備できない→荒廃する→利用できなくなる→人は諦める

○利用しようにも人手のない森林→とりあえず保護しようとする→一度「保護すべき森林」に
登録されると、もう利用できない→林業が一層衰退する

○林業が採算のとれない→雇用がない→公共事業→「保護すべき森林が多すぎる」(大半は名目のみ)→事業が進まないor本当に守らねばならない森林も開発される

このような悪循環が続き、日本の林業そのものの存続の危機になっている。当然、持続不可能である。豊根村を見てもこの傾向は明らか。

対策はあるのだろうか。私は大きな原因として賃金と労働力のバランスが取れていないことを挙げたい。だからこそ、以前にも述べたように軽犯罪者の刑罰として用いることができれば、少なくとも悪化は喰いとめられよう。個人的には「悪化していない=持続可能」と思うのだが、甘いのかな?

_________________________________________________________

以下、本題から離れます

私が思うに基セミとは高校までの総合学習に近いものでしょう。現在、総合学習は「学力低下の象徴」とされ、数年前からの推進から一転、見直しの対象(再び読み、書き、計算重視にする)とされつつあります。しかし環境塾は豊根の合宿を差し引いたとしても、十分意義のあるものでした。
つまり、総合学習は存在自体が悪い(淘汰すべき存在)ではなく、まだ指導法が未熟(発展途上の存在)であると思います。ますます少子化が進んでいくこれからの日本、教育改革の中で総合学習の存在を「単なる失敗作」で終わらせて欲しくないと切に願います。
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by kan_zyuku | 2006-02-14 22:36

持続的なブログです。
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