地球環境塾

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ML設立します!!

基礎セミナー”地球環境塾”受講生の皆さま


ご無沙汰しています。
2009年度後期基セミTAのまめここと加藤です。

まずは。
テストお疲れ様でしたーーー!

晴れて長い長ーい大学生の春休み突入ですね。

思いっきり遊んで、
思いっきり休んで、
思いっきりお金稼いで(← 公ではNGかしら!?)

また新年度から思いっきり学びの場に戻ってきましょう☆


さて、皆さまにお知らせがあります。
タイトルにも書いたように、
この春から環境塾のメンバーでMLを作ろうかと思います。

というのも、
授業終わったけどたまにはフィールド行きたいかも。。。
合宿だけでも参加したいかも。。。
畑作業したいかも。。。
いや、高野先生のファンになっちゃった!!

などまぁ理由なんて何でもいいですが、
環境塾で出来た仲間や、
色んなきっかけとなった「気持ち」を発展させていくためにも、
経験をもっとつんでいくという意味でも、
情報はみんなと共有していきたいナーと思ったからです。

チャンスは数多のごとく存在していて、
知らないだけでそれに出会えないってのはあまりにもったいない話です。

折角出会えた、どこか通じ合う問題意識を持った友達と
疎遠になってしまうのもとんでもなくもったいないです。

合宿先で出会った人たちとの縁も叱りです。


まだまだ情報欲しい。
てか環境塾楽しいから顔出したいし。
先輩達にあいたいかも(謝。調子に乗りました)

というひとは、ぜひメーリスのメンバーに入ってください。
また勧誘のメール送るので、
希望者は登録してくださいね。


ではでは取り急ぎお知らせまで(^^)
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by kan_zyuku | 2010-02-13 00:25 | 【重要なお知らせ】

基礎セミナー最終レポート

 まさかログインIDとパスワードがわからなくなるなんて思いませんでした。
加藤さん最後まで迷惑かけてごめんなさい。

 後期基礎セミナーは決して悪い意味ではないけれど、もやもやが残ってしまうものでした。
 まずこの基セミ最大のテーマである持続可能性。食と農、水、森にわかれてそれぞれ調べていったけれど調べていてもいまいちはっきりとした答えはでてこないし、そもそも持続可能性という言葉さえわたしにはぼんやりとしかわかりませんでした。なんとなくこれがつながりをもつのかなと感じることはあったけれど、自分が設定したテーマからだけではなかなか具体的に問題提起できませんでした。みんなの発表はどれもおもしろくて魅力的だったけれど、これが具体的にはどのように持続可能性につながるのだろうと感じることが多くありました。中にはわたしがしらべているテーマと関連づけて考えればもっとおもしろくなるのにと思ったものもあって、もどかしく感じることもありました。
 もどかしさを感じることは他にもあって、自分のプレゼンのときもそうでした。さまざまな本や資料をみて、ここまでのことはかいてあるのにいつもこの先がかいてないと気付いたり、この問題とこの問題についてはくわしくかいてあるのにその間にあてはまりそうな資料はほんの少ししかないといったことです。発表のときにもみんなからの質問をうけて、まだまだうまく説明ができなくて、自分がおもしろいとかんじたことの3割も伝わってないんだなとふがいないことだと思いました。
 合宿はとても楽しむことができました。でもやはりもやもやが残りました。文句がいいたいわけではないのです。こうじびらに行って森林を守ることの大切さを実感し、田舎生活を通してスローライフの魅力を知り、人々の温かさでこちらまでほっこりとした気分になり、大自然のなかで人間もあらゆる生命の一部なんだと実感する――それはわかりました。でも高野先生はどうしてこの基セミの一環としてこのようなプログラムを組み込んだのだろう、本当に言いたかったことはなんだったのだろうと考えてしまいました。わたしはあほだから、レクリエーションのような意味もこもっているのかなとか考えてしまうけれどそれだけではないはず。先生にきいてみたい気もするけれど、ここはあえてもやもやのままにしておきたいと思いました。
 基セミ最終回にきいた缶詰の話は、情熱がすごく伝わってきてわたしも缶詰提供したいなと思いました。でも失礼ながら根本的な解決にはならないだろうと思ってしまいました。少人数で缶詰を集めて運ぶのは困難をともなうし効率もよくはないので、少人数でも効率的に、もっと大規模にできることがあるだろうと思ってしまいました。反対しているつもりはまったくありませんが、どうしてこう水際作戦のようなことをするのだろうと感じてしまいました。また、高野先生がおっしゃっていた、自分の選んだ学部がこれでいいのかと考えなおすような人を選んだという言葉にひっかかってしまいました。わたしは頭がかたいせいか、全然自分の学部を考え直せないと思ってしまいました。これにももやもやしています。

 最後に、うまくまとめられませんでしたが後期基礎セミナーに携わっていただいたすべてのみなさんに感謝します。半年間ありがとうございました。


経済学部一年  坪井南佑美
 
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by kan_zyuku | 2010-02-11 16:39

基礎セミナー最終レポート

 デッドラインはとうの昔に過ぎてしまいましたが、単位云々より今までお世話になった分何を学んだかは書いておくべきだと思い、投稿します。

 私はどこかさめた人間です。環境問題に対しても、取り組みたい人間が好きにすればいいと思っていました。環境に対して人間がどのように考えているのかと研究することには興味があっても、環境問題に対する興味はまったくなかったのです。しかし、この基礎セミナーを通じてたくさんのパッションあふれる方々に出会いました。まず、難民に缶詰を100万個送る会の方、こうじびらの家のもんじさんときいちゃん、トンキラ農園の方などの社会人で私よちずっと年上のみなさん、それから、基礎セミナーで一緒にパワーポイントに取り組んでいた同年代の人たちです。みんな熱意を持って何かに取り組んでいて、それがとても素敵なことだと思いました。だからといって、急に私が変われるわけではないけれど、少なくとも、私の心に影響を与えたことは確かです。
 また、熱意あふれる人々だけでなく、合宿での体験も私には感じること・学ぶことがありました。まず、最初の合宿で行った郡上での縄文式結婚式です。縄文式結婚式がわたしの想像をはるかに超えていたので驚いたことも確かです。しかし、私が印象深かったのは、初対面の人間とあれだけ親しくなれるということです。キャンプファイヤーの周りを知らない人たちと囲んで踊りまわったことは、農業体験と同じくらい貴重な体験でした。それから2回目の合宿のトンキラ農園でえごますりを高野先生としながら哲学についての話を聞かせていただいたのも楽しかったです。私は正直なところ、自分がどんな哲学をやりたいのかなやんでいます。ニーチェを研究したいとは思っていても、自分がやりたい哲学の展望が見えてこないのです。前期の哲学講義は私の好きな講義の1つでしたが、担当教授の目指すものが「善く生きること」であることにひっかかりました。多くの哲学者が目指す「善く生きること」は今のところ自己満足の世界から抜け出せないでいると私は思っています。自己満足で終わらない新しい哲学、それが何なのかは私にはまだ見当もつきません。でも、高野先生が必要としている哲学を聞いていてとても勉強になりました。

 最後に、パワーポイントの作成や合宿でたくさん助けていただいたTAの方々、いつも貴重なお話を聞かせてくれた高野先生、そして一緒に基礎セミナーを過ごした仲間に感謝して、私の最終レポートを終わろうと思います。半年という短い間でしたが、ありがとうございました。

文学部1年 水野 志保
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by kan_zyuku | 2010-02-11 01:44 | 水@2009

最終レポート

楽しかった、というのが率直な感想です。最後の授業でもそう言わせてもらいました。こんなありきたりな言葉しか出てこない自分の語彙力の無さを呪いますが、この「楽しかった」には文字で見る以上の思いが込められていることを察していただければ幸いです。

楽しかった、というのは当然、2度の合宿でさまざまな体験をし、メンバーや先輩方と話ができたことを含みます。しかしそれに加えて僕は、この基セミを通して、勉強することを楽しむことができました。これは自分でも驚きでした。

はじめこの基セミの授業を受けた時、高野先生のお話は、僕の中では興味の沸かない話でした。持続可能性?農村の暮らし?そんなことわからないよ。そう思っていました。本当に申し訳ありません。ですが授業を重ね、合宿に参加してこの目で見て、体験するにつれて、先生のお話全てが興味深く思えるようになりました。これは今まで知らなかった自分であり、この基セミを経験し、実際農村や森林に目を向けてみなければ発見することのできなかった自分でした。

僕はいつも興味のない話は、何かと理由をつけて目を背けてきました。政治って何?そんなもの政治家がやればいいよ。環境問題?そんなもの僕に言われてもどうしようもないよ。でもそれは逃げていることと同じでした。気づいた者に責任がある。この言葉は僕の胸に深く突き刺さりました。関係ない、そう思うことは思考の停止を意味します。人間が皆こうして目を背け続けてきた結果が、今の環境問題など、日本そして世界の諸問題を生み出してきたのではないでしょうか。当然、人には得意不得意があり、できることとできないことがあります。しかしそれは目をそらしていい言い訳にはなりえません。気づいたからには責任を持たねばならないのです。事実、「缶詰100万個の会」を発足した方は目を背けませんでした。缶詰を送る方法すら分からないままに、それでもなんとかしようと努力してこられました。その結果、まもなくその目標を達成し、その責任を果たそうとしています。スタッフの方にお話を聞いたとき、目を背け、責任から逃れ続けてきた自分を恥ずかしく思い、本当に見習わなければならないと痛感しました。

これからの大学生活、いよいよ僕たちは自分の将来について考えていかなければなりません。僕はそのための指標を、この基セミを通して得ることができました。この基セミを経験していなければ、僕は単位を取るためになんとなく勉強し、なんとなく無難な職に就こうとしていただろうと思います。そんな退屈なことはない。しかし僕はこの基セミを経験し、今まで関心を向けてこなかった分野に目を向けることができ、そしてそうすることの大切さを知りました。そのおかげで今、将来について改めて考え直すことができている自分がいます。これこそがこの基セミの狙いだった、と高野先生はおっしゃっていましたが、人の策にはまってこれほど幸せだと思ったのは初めてです。この基セミを受けることができて本当によかったと、今改めて思います。

最後になってしまいました。気づいたら基セミのテーマとあまり関係の無いことを書いてしまっていました。しかも書いているうちに〆切も過ぎてしまいました。本当に申し訳ありません。でも最後にもう少し時間を許してください。
高野先生、いつもタメになるお話、授業を企画してくださってありがとうございました。先輩方、プレゼン準備から合宿先への送迎までお世話してくださってありがとうございました。メンバーの皆さん、いろいろ楽しい思いをさせてくれてありがとうございました。そして合宿などで関わってくれた全ての方へ、ありがとうございました。こんなありきたりな言葉を繰り返すことしかできない自分の語彙力を呪いますが、冒頭と同じく、察していただけたら幸いです。

2年になっても時間と勇気があれば是非顔を出したいと思っています。しつこいようですが、懲りずにもう一度言わせてください。
半年間、本当にありがとうございました。


法学部1年 森田哲光
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by kan_zyuku | 2010-02-11 00:00 | 森@2009

最終レポート

 やっとテストが終わりました。頭の中が民法と憲法と55年体制でいっぱいです。そしてこのレポートを締めにして僕の1年生の後期の日程はすべて終了です。合宿へ行ったりプレゼンの準備に追われたりと本当にあっという間だった気がします。

 この基セミのテーマは「持続可能性」でした。資源は有限であり無駄にしてはいけない、そんなことは言われなくても分かっている人がほとんどだと思います。それでも現状では環境破壊は進む一方ですし、資源の無駄遣いもなかなかなくなりません。わかっているはずなのに変わらないのはなぜでしょう?自分一人が取り組んだところで何も変わらないと思っていたり、周りだってやってるんだからと考えていたり、などいろいろと考えられますが僕が去年受験勉強で小論文の対策をしている時に読んだ論文では人間の認識の範囲が追い付いていないからだ、というのがありました。その時は何も考えずに読み流していましたが、半年間の経験を経て今になって思い返してみるとなるほどと思える気がします。

 どういうことかというと、今でこそ私たちは時間に追われ、何日までにあれをしなければなどと考えたりしますが、例えば原始時代において、人間の認識の範囲というのはその日一日、長くてもせいぜい2~3日先まででした。まだ年月という概念もないですしその日を生きるのに精いっぱいだったからです。そして次第に文化や技術が発達するとともに人間の認識の範囲というのも1年先、2年先へと届くようになってきました。しかし産業革命以降、人間の文化や技術は認識を置き去りにして飛躍的に進歩しました。その結果、使用する技術の規模やレベルは遥か先の未来まで影響を与えるほどのものになりましたが、人間の認識はそんなに先まで届くほど発達できていません。なので、このままだと50年後には・・・などと言われると、わかっているつもりにはなりますが根本の部分でいまいちピンとこないのです。というのがざっくりとした内容でした。何十年何百年先の未来を考えて日々の生活をするなどというのは今までの人間がしてこなかったことですし、実際にそんな先の未来に影響を及ぼせる術も持ってなかったのですから、そんなこと言われても、となってしまうらしいです。

 ですが、そうはいっても何もしないわけにはいきません。現に私たちはこのままではいけないということに気付きました。気付いた人には気付いた責任があります、というのもこの基セミで学んだことのひとつです。そうなるとやはり、自分の身の回りのどんな小さなことからでも変えていかなければいけません。その結果、数十年先の未来がどうなるかはまだわかりませんが、何もしなければ何も変わらないというのは分かっています。とりあえず今すぐできることとして節電のために無駄な室内照明を消してきます。

 長々とまとまりもなく書きつづってしまいましたが、最後に半年間どうもありがとうございました。

法学部一年 今井遥希
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by kan_zyuku | 2010-02-10 18:21 | 食と農@2009

最終レポート

この一年間で、今までの人生で経験してきたのと同じぐらい新しい経験をすることができた気がする。その一番の理由は、やはりこの基礎セミナーだと思う。
 それぞれが与えられたテーマの中からさらに興味のあることの持続可能性について調べてのプレゼンテーションも良い経験であったが、一番は何と言っても、里山へ実際に赴いてそこでの暮らしを五感で感じる合宿だった。
 
第一回目の合宿は、岐阜県郡上市のこうじびら山の家での二泊三日での里山体験。寝そべって星を眺めたり、夜の山道を歩いたりと、大自然と触れ合えた合宿であった。そのなかでも特に印象に残っているのが、アマゴを調理する過程で殺す、という作業だ。普段家で魚をさばく時には、その魚はすでに死んでいる。なので、たいして抵抗はない。しかし、生きているのをまず殺してから(正確には脊髄を切断してから)さばくとなると、生命の重みを感じずにはいられなかった。魚だったから、実行できたが、もし動物であったとしたらまずできなかっただろう。
 この体験を通して生命をいただいて生きているということを再認識できた。また、自分も輪廻、というと言いすぎかもしれないが、生産・消費・分解という生命のサイクルの一部なのだということを漠然とだが思った。

 第二回目の合宿は、トンキラ農園。なんと一年で三回目。一回目を春だと考えると、春・夏・冬の三つの季節に行ったことになる。最初の訪問ではトウモロコシの種まきをし、夏にお手伝い(役に立てたかはわからないが)に行ったときには、種をまいたものではないが、とれたてのトウモロコシでスープをつくったり、そばの種まきをした。三度目の訪問では、前回そばの種をまいた畑に設けられていたビニールハウス内で畝をつくり、さまざまな野菜の種をまいた。苗をつくる、とのことだった。
ほんの一部分にすぎないだろうとは思うが、異なる時期に訪問したため、農作業の内容が繋がりをもっていることを少しは認識できた気がする。農村での生活が四季の移ろい、一年という単位で循環していることを、つまり、生活がサイクルをなしているということを肌で感じることができた。

後期での二回の合宿と前期での合宿を通して、自分なりに持続可能性とは何かが理解できた気がする。正直に言えば、前期の基セミでは持続可能性が漠然としたものにとどまっていた。何をもって持続可能性となすのか、ということがはっきりしないまま終わってしまった。
しかし、後期の基セミを終えて、こうして最終レポートを作成していて、自分なりにではあるが何を実現することが「持続可能性」の実現を意味するのかについて考えがまとまっていることに気がついた。
それは、生命がサイクルをなしているように、農村の生活がサイクルをなしているように、地球全体でのサイクルの実現することが「持続可能性」の実現なのではないか、というものだ。つまり、すべてを循環させる、ということである。
現在の大量生産・大量消費という現状は、身近なところに例えるなら名古屋市営地下鉄全線のようなものだ。さまざまな場所で途切れてしまっている。これを名城線だけに、つまり、環状線だけにする必要がある。そうすればサイクルが出来上がり、「持続可能性」が達成される。
しかし、この環状線だけにする、という作業は困難を極めるものである。なぜなら、それだけではあまりにも不便だからだ。環状線だけにする、ということは、他を切り捨てるということだが、大量に作って大量に消費する悪癖がついてしまっている現代社会でそのような大幅な削減は無理である。
無理、といっても実行しないと生きていけなくなってしまうのだから、実行せざるを得ない。そのための第一歩として、悪癖がついた人々に自然と共生する気持ちを芽生えさせる必要がある。それにもってこいなのがグリーン・ツーリズムだ。自然とふれあい、その恵み、偉大さ、重要性を肌で感じてもらえれば、悪癖は解消するかもしれない。そうやって少しずつ大量生産・大量消費をなくしていけば、名城線だけにするのは無理でも、名城線・名港線だけの名古屋市営地下鉄にできるかもしれない。

最後に、今回の基セミでは、相変わらず知識豊富な高野先生に加え、探究心が溢れて止まらないプロをはじめ、個性豊かすぎてどんな質問が飛び出てくるか想像できないメンバーだったので、プレゼン準備がめちゃくちゃ大変でした。でも、おかげで少し打たれ強くなった気がします。
特に、プロは最初会ったときは、「こいつは仲良くやっていけそうにないな」とか思っていたけど、今では尊敬する歴史上の人物の一人ですw
縁あって一年通してこの基セミになれましたが、ここで学んだことは大きな財産です。これを専門の法・政治にも結びつけていきたいです。いや、結びつくに違いありません。すべての事象は繋がっているんだから。
一年間、お世話になりました。

眠いせいで脈絡のない、よくわからない文章になっているかもしれません、すみません。

法学部一年 宮川 翔太
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by kan_zyuku | 2010-02-10 00:09

最終レポート

初めに。お世話になった高野先生、先輩方、そして一緒にセミナーを受けていたみんなへ。私は先生や先輩方、みんなと一緒に過ごせたことを本当に嬉しく思います。ありきたりな言葉ですが、半年間ありがとうございました。

半年間、この基礎セミナーで「持続可能性」について学ぶ機会を得ました。この最終レポートを書くにあたって何を軸に書いたらいいのか分からずにいます。自分の中で、一つの枠におさまるものではないからなのだと思います。

そもそも持続可能性って何の持続だろう。地球環境の持続? われわれ人間社会の持続? 伝統の持続? 生命の持続? そうしてこの言葉を考えた時、その幅広さに驚くと同時に、一朝一夕に答えを出し、実行できるものでもないという感覚を抱く。

二回の合宿にも参加して、こうじびら山の家とトンキラ農園に行きました。山に囲まれた自然豊かな場所で農作業をしたり、山の中で遊んだり、星空を眺めたりすることは本当に新鮮で、本当に楽しいものでありました。いつも使っているコンロのガスの火とは違い、炭火には引き込まれそうな美しさと暖かさがありました。むしろ引き込まれたかもしれない。ですが、普段街中に住んでいてそうした体験をすることは目新しいことがむしろ当然で、客人という感覚が抜け、そこで暮らすのだと実感するようになった時、私は何を思うのか。いつの間にか新鮮だったものがありきたりなものとなり、都市に憧れるようになってはいまいか。これはきっと、自然豊かな場所から都市へ出た場合でもあてはまるのかもしれない。ですが、温故知新という言葉があるように、必ずしも新しいものがいいのだとは限らない。それを身をもって知ることのできる貴重な機会でした。

広がる田園風景や、緑の山々、コンクリートに覆われていない川。こうやって想像する様な原風景を私は素直に美しいと思うし、これからもあり続けてほしいと願う。街中に住む者としての憧れの念もそこには少なからずあるのだろうと思う。自然豊かな場所であっても、都市であっても、美しい、便利、そういう言葉が生み出される傍らには人ありき。その陰で、過疎地域からは人が消える。過疎地域自体が人の消滅で消える。美しいも便利もなくなる。一つの人間社会の持続不可能が起きている。この問題は単純にその場所へ人を増やせば解決するというものでもないのでしょう。なぜ人は都市へ流れて行ってしまったのか、何故こういった事態が生じてしまったのか、様々な問題の集約の結果がきっとそこには現れている。プレゼンの調べ物をするのはこの様な疑問の感覚を養う一助になったと私は思います。表層に現れている結果の奥には様々な結果をもたらす原因が存在している。全てはきっとどこかでつながっている。その意味で、専門にとらわれるべき分野ではないんだろうなぁと思います。初めは理系寄りの基礎セミナーだと思っていたけれど全然そうじゃなかった。私たちの住む社会と自分自身のあり方を見つめるセミナーだった。と、思う。

どうして持続可能という言葉があるのか。きっとそうではない一面がどこかにあるからなのだろう。物事はいつも私の知らないところで動いていて、その恩恵と責任の中で私は生かされている。本当に何も知らないなぁということを思い知らされる。そんな私であるけれど、少なくとも日常の中でだとか、気になったものへの関心、興味を絶やさず持っていられたらいいなと感じるし、そうでありたい。たまには全てを締め出して無になりたいと思うこともあるかもしれないけれど。こういう考えを、この基礎セミナーで学んだように思います。

農学部 生物環境科学科 一年 山本知華
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by kan_zyuku | 2010-02-09 23:18 | 水@2009

最終レポート

半年間の基礎セミナーを通して、非常に多くのことを学ぶことができとても良い経験になりました。

そもそもこの基礎セミナーを受講した動機は「合宿があって面白そうだったから」という単純なもので、たぶん弾かれるだろうと思って希望を出したので実際に希望が通ってびっくりしたものです。シラバスさえろくに読んでいなかったので、一体どんなことをやる基セミなのか全く知りませんでした。初回の授業に出席して、プレゼンテーションが2回もあってしかもかなり本格的に準備をしなければいけないと知り、正直とんでもないセミナーを受講してしまったなぁと思っていました。

プレゼンの順番も運悪く一番最初になってしまい、準備期間は2週間だったので、講義の空き時間や休日はほとんど準備の時間に使い必死で取り組みました。一番最初ということでどの程度まで調べたらよいかわからず、想定した質問にすべて答えられるようになるまでは調べましたがとても不安でした。そしてプレゼン本番。私は人前で発表することがとても苦手なので、あらかじめ作った原稿をひたすら読みました。早口にならないよう気をつけたつもりでしたが、やはり早口になっていたのだろうと思います。それでも高野先生やメンバーから「完成度が高い」とほめていただけて心底ほっとしたものです。そのあとのみんなの発表のほうがよほど完成度が高かったと思いますが、努力した分達成感を味わうことができ良かったです。この一年間でここまで時間をかけた授業はこの基セミだけだったのですが、来年度から文学部ではそれぞれ専攻が分かれて専門的な授業になっていくので、プレゼンなどの機会ではこの基セミで得た経験を生かしてより良いプレゼンができるよう頑張っていきたいと思います。

合宿も期待通りとても楽しいものでした。楽しいだけでなくいろいろなことを学ぶことができたという点では期待以上でした。こうじびら山の家ではアマゴ捌きが一番印象的でした。これから生きていく上でおそらく経験することのないであろう貴重な体験をさせてもらったと思います。食べ物に対する考え方が大きく変わった体験でした。トンキラ農園では花豆の皮むきがやはり一番印象的でした。冬の農家はこんなに地味で大変な作業をしているのかと非常に驚きました。花豆の皮むき以外にも仕事はたくさんあり、百の仕事をするから百姓とは本当によく言ったものだと感じました。また、こうじびらでもトンキラ農園でも星は綺麗でしたが、こうじびらではあまりゆっくり眺めなかったのに対しトンキラ農園ではゆっくり眺めたのですが、たまたま流星群の日ということで、流れ星が次から次へと観測できてとても感動しました。都会に住んでいるとプラネタリウムにでも行かない限りああいった星空が眺められないのに対し、農村では晴れさえすれば当たり前のように眺められるという事実を目の当たりにして、いかに普段自然と接点のない生活をしているかということを実感しました。

この基セミを通して、「持続可能な社会」を実現するためにはどうしたらいいのかさまざまな観点から考えることになりました。その中で合宿を通して、「農村社会の維持」が1つの答えであることがわかりました。私は来年度からは社会学を専攻するので、この基セミを通して得られた経験や知識を生かして「農村社会」についてもっと多くのことを学び、「持続可能な社会」についての考察を続けていけたらいいなと思っています。

最初はどうなることかと不安でいっぱいのスタートでしたが、最終的には自分のやりたいことを考えるきっかけにまでなり、とても良い経験をすることができました。本当にこの基セミを受講して良かったと思います。半年間ありがとうございました。

文学部1年 小池紗矢
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by kan_zyuku | 2010-02-09 16:00 | 水@2009

最終レポート

この基本セミナーではいろんなことを経験することができました。
僕にはそのすべてを整理してここで記すということができないので、その一部を頭の中から絞り出して駄文ながらも最終レポートさせていただきたいと思います。
それでは以下のように3つに分けて、振り返ってみます。

<プレゼンについて>

この基本セミナーでは自分にとってプレゼンテーションがいかに難しく、そして面白いものであるのかを知りました。プレゼンは2度行いましたが、2度目のプレゼンはなかなか面白い内容に仕上がり、その面白さをプレゼンを聞いてくれる人たちにも伝えたいと思いました。しかし、プレゼン本番。いざみんなの前に立つと緊張して、それまで考えていたプレゼンの手順や話すべきことが頭から消えてしまいました。考えたことを人に、正確に伝えることの難しさを改めて感じました。そして、この困難を乗り越えて上手くプレゼンすることができたら面白いだろうと思いました。
この経験を踏まえて、今後は納得のいくプレゼンができるように努力していきたいです。

<野外学習について>

この基本セミナーでは2度合宿に参加しました。
こうじびら山の家、トンキラ農園での合宿は楽しかったです。
こうじびらでの合宿は体験学習的なもので、トンキラ農園での合宿はよりそこでの実生活に近い体験をすることができたと感じています。そのため、トンキラ農園での作業は大変でした。ひたすら同じことの繰り返し、数時間にもわたる大豆の皮むきは完全に思考をストップさせました。その作業の間、何を考えていたのか。終わってからも思考は止まったままで、しばらく何も考えることができませんでした。これは見方を変えれば、ストレスのない状態ということができるのでしょうか。やりきったということと思考を停止させていたこととで爽快な気持ちになりました。

そこにいる人たちは自然と正面から向き合って暮らしていて、便利な生活ではないかもしれないけれど、あったかさがありました。昔ながらの生活にはテレビがないけれど、だからこそ、会話がはずむ。そして周りに機械的な音はなく、落ち着いた気持ちになることができる。
今は便利な生活をしているので、こういった昔ながらの生活をすることは難しいと思います。普段の生活から抜け出して、たまにこんな生活をしてみると今まで見えていなかったことが見えるようになる気がしました。

<さいごに>

缶詰100万個の活動、最初に聞いたときはその数に驚いたし食糧不足の難民に対する援助というのは素晴らしいことだと感じた。だけど、良く考えたらそれっていうのは本当にその難民にとって良いことなのかと疑問に思った
。僕たちは先進国に生まれて食べるものに不自由しない生活を当たり前のように送っている。しかし、彼らはもともとそういった生活の中で暮らしていたはず。だとすると明らかに考え方は違うだろうし価値観も異なってくると思う。僕たちが良かれと思ってやっていることが彼らにとってどのような影響があるのか。             
こんなことを考えてしまった。
こういった問題に対して人それぞれ自分の経験や知識から解決策を考えるけれど、
それは人それぞれ異なったものであるはず。そこで解決策をめぐって対立するのか強調し合うのか・・・国際社会における国と国の関係、身の回りの人と人の関係。
こんなことを考えただけでも、「持続可能な社会」を目指すって本当に大きな目標だと感じる。
 ありがとうございました。ここで学ぶことができたことに感謝します。

情報文化学部自然情報学科1年 上野 広樹
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by kan_zyuku | 2010-02-07 15:45

持続的なブログです。
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